RockyMountainFeatherbed(ロッキーマウンテンフェザーベッド)の歴史
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今回は、RockyMountainFeatherbed(ロッキーマウンテンフェザーベッド)の歴史を紹介していきたいと思います。
ブランドの誕生から、消滅、そして復刻に至るまでのストーリーです。
RockyMountainFeatherbed(ロッキーマウンテンフェザーベッド)の誕生
RockyMountainFeatherbedは1960年代にアメリカ・ワイオミング州の北西部のJackson hole(ジャクソンホール)という場所で誕生しました。
ここはアメリカ屈指のスキーリゾートとしても知られ、イエローストーン国立公園や、グランドティトン国立公園の玄関口となっていることもあり、世界的にも有名な観光地となっております。
wyoming州はアメリカ合衆国西部の山岳地域にあります。
wyoming州の旗
またブランドの名前の通り、この辺りはロッキー山脈がまたがる地域です。このロッキー山脈はとても広大で、その距離はカナダのブリティッシュコロンビア州の最北部から、アメリカのニューメキシコ州のサンタフェ付近まで続いており、全長4800km。日本の全長がおおよそ3000kmほどなので、それよりもはるかに長い山脈です。
創業者について
創業者はCUB SCHAFFER(カブ・シェーファー)氏。氏はワイオミング州でNASAが主催するNOLS(National
Outdoor Leadership School)を卒業しました。NOLSは、山岳地域での活動におけるテクニックに焦点を置いた学校で、宇宙飛行士もこのNOLSの訓練を受ける事で有名です。その訓練は冬山等のストレスのかかる環境で、重い荷物を自ら背負い雪崩や遭難の危険な状況が迫る中、毎日リーダーを交替しながら、目的地に移動していく訓練で、危険が迫る状況下での判断力やリーダーシップを磨いていくとてもハードなものです。
そんなアウトドアのスペシャリストを輩出する学校を卒業した後、CUB SCHAFFER氏はモノづくりを始めます。
自身の得意とするアウトドアの要素(ナイロンやダウン)と趣味である乗馬(ウェスタンヨークやレザー)、この二つを融合させ独自の目線で考えられたダウンウェアがRockyMountainFeatherbedです。
ロッキーマウンテンです。
ブランドの飛躍から消滅まで
CUB SCHAFFER氏がモノづくりを始めたのは1960年代後半頃で、今日でも定番となっているDOWNVEST等を売り出していきます。
1974年には当時最新のハイテク素材であったGORE TEX®をいち早く採用し、マウンテンパーカーを作るなど、商品展開を広げていきます。
この頃世界へも販売を始めており、日本では登山系のスポーツショップなどに、さらにフランスでは当店でも取り扱いのあるAnatomicaの前身ショップであるGLOBEでも販売をしていました。
しかし、1980年代後半にはブランドは消滅。
市場からロッキーマウンテンは消えてしまいました。
GLOBEの当時のポスター。若き日のピエール氏が着用しているのは、ロッキーマウンテンのGORETEXのマウンテンパーカー。
ブランドの実名復刻
そこから時を経て、2005年に再びRockyMountainFeatherbedが復活します。
復活させたのは私の前職場でもある35SUMMERS。代表の寺本氏は20代の頃からロッキーマウンテンを集め始め、現在では100ピース以上を所有し、その膨大な資料を参考に生地や付属、ディティールを研究し、見事に実名復刻を果たしました。同時に商標も獲得しているので、世界的にもRockyMountainFeatherbedは同社のブランドとなりました。
2020年現在では、日本だけでなく発祥の地アメリカや、ほか世界の10以上の国々で幅広く展開しており、世界が認めるダウンウエアブランドへとなりました。また、ダウンブランドとしても成長を遂げ、従来のアウターウェアのみならず、超軽量のインナーダウンや、そのほか様々なアイテムが誕生しております。
以上、今回はロッキーマウンテンフェザーベッドの歴史と遍歴をお伝えしました。